By nakamura, 5 7月, 2024

西郷隆盛(さいごうたかもり)は春来(しゅんらい)よりの連戦(れんせん)に 漸々敗軍(ぜん〱はいぐん)し延岡落去(のべおからくきょ)の後は日向(ひうが)の 山谿(さんけい)に退縮(たいしゅく)せしが九月一日三田井(みたい)より突然(とつぜん) 鹿児島へ再(ふたゝ)び進入(しんにふ)し城山岩﨑(しろやまいはさき)谷へ根(こん) 拠(きょ)して決死(けっし)を極(きは)め奮戦(ふんせん)す于時明治十 年九月廿四日未明官軍諸隊総進撃(しょたひそうしんげき)に有(ゆう) 名(めい)の賊徒(ぞくと)も防戦(ぼうせん)の術計(じゅつけい)を失(しつ)し悉(こと〱゛)く討死(うちしに) す此際(このさい)西郷は僅(わづか)の従兵(じゅうへい)と共に引揚(ひきあけ)来る 此時新選(しんせん)旅団(りょだん)第二大隊四中隊長安村(やすむら) 治孝(はるたか)君遥(はるか)にこの体を視(み)られ兼て見知れ る西郷なれば飛(とぶ)が如くに走(はせ)来られ矢庭(やには)に 組伏(くみふ)せ既(すで)に捕縛(ほばく)せんと為(な)す所へ援賊駈(えんぞくはせ) 付支(つけさゝへ)て危急(ききう)を助(たす)く傍(かたはら)に隆盛の銘(めい)あ る「ヒストル銃落散(ぢうおちちり)あるを分捕(ふんどり)して 遺憾(いかん)ながらも帰営(きえい)せらると云々

資料集掲載番号
145
受入番号
1990-032-051
西南戦争錦絵判型
大判錦絵三枚続
作者
楊州斎周延(楊洲周延)
彫師
彫師未詳
賛署名
筆者未詳
版元名
舩津忠次郎
版元住所
東福田町二番地
届出日
明治十年十月十八日届出
左中右 上中下1
本紙1横
24.10
左中右 上中下2
本紙2竪
33.60
本紙2横
24.10
左中右 上中下3
本紙3横
23.90
本紙1竪
33.60
本紙3竪
33.60
名札
賊魁 西郷隆盛
桐野利秋
中島健彦
谷元良助
相良雄蔵
佐藤三次
児玉矢八郎
陸軍中尉兼三等大警部 安村治孝君
中警視 安藤則命君
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UUID
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