偖西南(さてさいなん)暴徒(さわぎ)の勢揃(せいそろへ)の/場(ば)所は鹿児島城(しろ)の正門の外(そと)大下馬(げば)跡(あと)に凡二十歩/四面(しめん)に柵(さく)を結(ゆ)ひ廣々(ひろ〱゛)たる原野(のばら)に雪降(ふり)風はげしく/肌(はた)へを削(けつ)る午前六時私学校(しがっこう)の壮年輩等(わかものら)着(き)/流(なが)しの股引(もゝひき)懸(が)けみな〱刀(かたな)を横たへ前後(ぜんご)の列(れつ)の/擾雑(あらそひ)より同士討(どしうち)の血(ち)を争(あらそ)ひ凡(およそ)其勢八千人やがて/隊(たい)伍を備(そな)へ銃器(てっほう)火縄(ひなは)を粧(よそを)ふて西郷の勢(せい)篠原勢/は先立(さきだっ)て鹿子島県を後(あと)にみて肥後水俣にて会(くわい)/陣(じん)す◌二月廿四日夜三好野津の両将近衛鎮台/一大隊(たい)づゝ率(ひき)ひて南の関に陣(じん)す◌廿五日兵(へい)を分(わか)/って高瀬山鹿の戦争(せんそう)◌廿六日山鹿より進撃(すゝみ)/前田達磨返(かへ)し坂の戦(たゝか)ひ暴徒(ぼうと)閑道(かんどう)より出発(おしいだ)して/官軍(くはん)大苦戦(くせん)◌廿七日劇戦(たゝかひ)暴徒(ぞく)散(さん)〱゛追討(をいうた)/れ破(やぶ)れたり該日(そのひ)官軍大勝利(かち)の電報達(でんしんたっ)し/◌廿八日暴徒(ぼうと)昨日の破所(まけ)を雪(すゝが)んと南の関より/戦端(いくさ)を開(ひら)きたれども利(り)なくして破(やぶ)れまた/暴徒(ぼうと)軍中(ぐんちう)には作銘(こしらへ)の籏(はた)を押立(おしたて)しは/下等輩(ばか□ら)が手から出(いづ)るものといふ◌三月一日/には休戦(きうせん)なり◦跡(あと)は次号(つゞいて)に追々(をい〱)報(しら)す 明治十年三月五日御届 同 三月 出版
資料集掲載番号
173
受入番号
2014-005-03
西南戦争錦絵判型
大判錦絵
彫師
彫師未詳
賛署名
金井徳兵衛筆
版元名
金井徳兵衛
版元住所
大阪府第三大区六小区新町南通一丁目十一番地
届出日
明治十年三月五日届出
本紙横
35.60
本紙竪
25.20
名札
西郷隆盛
桐野利秋
篠原国幹
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UUID
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