西郷隆盛(さいがうたかもり)夢中(ゆめ)に万造主宰(ぞうぶつしゃ)に逢(あひ)心根(こゝろね)を上聞(まうしあげ)せし事(こと)/夢(ゆめ)の世(よ)に夢(ゆめ)ならぬ身(み)のいたづらを悔(くゆ)る時(とき)こそ夢(ゆめ)は覚めけりと/云(いへ)るためしを今這(いまこゝ)に西郷隆盛(さいがうたかもり)には此程(このほど)の戦争(せんそう)止時(やむとき)無(な)く/身(み)は川尻(かはじり)に本陣(ほんじん)を張(は)り一万有余(いちまんいうよ)の兵士(へいし)をして己(をの)が四肢(てあし)/を動使(うごかす)が如(ごと)くにて屢(しば〱)王師(わうし)に抗(てき)ずるも撓(たわ)む色(いろ)たに少(すこし)も/なく其身(そのみ)は強(しい)て戦地(せんち)に臨(のぞ)まずと雖(いへど)も計策(はかりごと)を幃幄(とばり)の/中(うち)に廻(めぐ)らし勝(かつ)事を千里(せんり)の外(ほか)に決(けつ)する張良(ぐんし)気位(きどり)にて/戦事(せんじ)の暇(ひま)には桐野(きりの)其他(そのほか)の将校(たいしやう)と終日(しうじつ)棋盤(ごばん)を打囲(うちかこ)み或(あるい)は/遊獵(ゆうりやう)を娯(たの)しみ居(い)ける其(その)膽略(たんりやく)の広大(くわうだい)にして味方(みかた)の諸将(もの)にも計(はか)り/知(し)るべきにあらずといふ頃(ころ)は二月(きさらぎ)の末(すえ)つ方(かた)深谷(みたに)の氷(こほり)解初(とけそ)めて時得顔(ときえがほ)/なる梅香(うめがか)や山路(やまち)も野辺(のべ)もおしなへて草木(くさき)の緑(みど)り濃(こいや)かに萌立思(もえたつおも)ひを忍(しの)びつゝ/或(あ)る夜(よ)隆盛(たかもり)只独(たゞひと)り燈火(ともしび)の下(もと)に坐(ざ)を占(しめ)て和漢(わかん)の兵書(へいしよ)を繙(ひもとき)て良(やゝ)独吟(どくきん)に/及(およ)びしが春(はる)の夜(よ)なれば更安(ふけやす)く睡眠(すいみん)暁月(あかつきを)を催(もよう)すと彼(か)の唐人(からびと)の云(い)ひしが如(ごと)く/隆盛(たかもり)机(つくへ)に隠(より)しまゝ思(おも)はず黒甜郷(ねむり)に入(いり)し時(とき)身(み)はうつゝなる暗薫(そらだき)の香(かほ)りほのか/に四方(よも)に馨(かほ)れる折(をり)しもあれ左(さ)も尊(とうと)げなる一個(ひとり)の童子(どうじ)現来(あらわれきた)り正士(せいし)〱と/呼覚(よびさま)せり隆盛(たかもり)閙敷(いそかはしく)坐(ざ)を改(あらた)め是(こ)は不審敷(いぶかしき)其一言(そのいちごん)賎敷(いやしき)此身(このみ)に対(たい)されて/正士(せいし)とばし宣(のたま)ふ貴童(わらは)は何(いつ)れより参(まい)られしや問(と)ひければ童子(わらべ)は/猶(なほ)も辞(ことば)を正(たゞ)し辱(かたじけなく)も世界(せかい)万天(ばんてん)の命使(おんつかひ)に来(きた)りしなり早(は)や行(ゆき)たまへと/閙(いそ)がし立(た)て先(さき)に立(たち)つゝ知(しら)べをなせば隆盛(たかもり)不思儀(ふしぎ)の晴(はれ)やらずと雖(いへど)も/童子(わらべ)が言葉(ことば)に隨(したが)ひて跡辺(あとべ)の方に/附添(つきそひ)て浮(うか)べる雲(くも)か風船(ふうせん)に乗(のり)/行(ゆく)心地(こゝち)のしたりしが遥(はるか)か向(むか)ふを/仰(あふ)ぎ見(み)るに正(まさ)しく/大内裏(だいだいり)とも思(おぼ)しくて/南北(なんぼく)三十六町/東西(とうざい)廿/町にし/て四方(しはう)/に二十二門(もん) あり隆盛(たかもり)引(ひか)るゝ/侭(まゝ)に其所(そのところ)に至(いた)りて見(み)れば/南(みなみ)は美福門(びふくもん)、紫震(しゝん)、清涼(せいりやう)、/温明殿(おんめいでん)、日花(につくわ)、月花(げつくわ)、の両門(りやうもん)/陳(ちん)の坐(ざ)、軒廊(けんらう)、左右(さいう)の掖(えき)、/南殿(なんでん)の階下(かいか)には右近(うこん)の橘(たちばな)/左近(さこん)の桜(さくら)若(わか)やかに中(ちう)央(わう)には/鳥(とり)の旗(はた)を立(たて)左(ひだり)は日(ひ)の旗(はた)青龍(せいりよう)朱雀(しゆじやく)/の旗(はた)右(みぎ)は月(つき)の旗(はた)玄武(げんぶ)白虎(ひやくこ)の旗(はた)/冉々(せん〱)暉々(きゝ)として風(かぜ)になびき日(ひ)に映(えい)ず其外(そのほか)七十二の/前殿(せんでん)三十六の後宮(こうきう)鳳(ほう)の甍(いらか)虹(にし)の梁(うつばり)雲(くも)にそびゆこれ/言ずとしるき大内裏(おほたいり)見(み)るにつけても隆盛(たかもり)は我身(わかみ)の/上(うへ)は替(かは)れども替(かは)らざりける内裏(だいり)のありさま天(てん)我(われ)をすて/玉(たま)はず此(この)神殿(しんでん)に来(きた)るこそ幸(さいは)ひ龍顔(りうがん)を拝(はい)し奉(たてまつ)り我(わ)が/心根(こゝろね)を奏聞(そうもん)せんと童子(わらへ)の跡辺(あとへ)に付(つき)そひ進(すゝ)まんとせしに不思議(ふしぎ)/や童子(わらべ)を見失(みうしな)ひしが素(もと)より知(し)れる隆盛(たかもり)なれば少(すこ)しも臆(おく)する色(いろ)もなく/宮殿楼閣(きうでんらうかく)を打過(うちすぎ)て玉坐(ぎよくざ)間近(まぢか)く陛(きざはし)の下(もと)に跪(ひざま)づき左右(さいう)の大臣(だいじん)在(まし)/まさねば恐(おそ)れ多(おほ)くも龍顔(りうがん)を拜(はい)し奉(たてまつ)らんと打守(うちまも)りたる折(をり)こそ/あれ連々(れん〱)として玉簾(たまだれ)の捲(まき)あがりしにこは如何(いか)に 今土帝(こんしやうてい)には/おはしまさずと雖(いへど)も最(いと)貴(とうと)げなる神装(かみぶり)にて臨御(りんぎよ)の粧(よそほ)ひうづ高(だか)く/実(けに)や神(かみ)代(よ)の神(かみ)ならんと思(おも)ふ折(をり)から神顔(しんかん)殊(こと)に艶敷(うるはしく)御声(おんこえ)さはやか/に宣(のたま)ふやう珍(めづ)らしや隆盛(たかもり)汝(なんぢ)を此世(このよ)に下(くた)してより四十余(よ)年の/星霜(としつき)を経(おく)りしが昔(むかし)に替(かは)らぬ堅固(けんご)のありさま神(かみ)も一入(ひとしほ)満足(まんぞく)せり/夢々(ゆめ〱)不審(ふしん)と思(おも)ふべからず斯(かく)いふ此身(このみ)は世界(せかい)万天(ばんてん)の主宰(かみ)にして/一月以来(いらい)日本国(にほんこく)に於(おい)て汝(なんぢ)賊魁(ぞくくわい)となり干戈(かんくわ)を邦内(はうない)にうごかし/多(おほ)くの人命(じんめい)を損(そん)じ腥煙(ちけむり)既(すで)に天庭(てんてい)を穢(けが)すに至(いた)らんとするによつて/神霊(しん)権(かり)に日本国王(こくわう)の皇殿(くわうでん)に出現(しゆつげん)し汝(なんぢ)の心意(しんい)を聞糺(きゝたゝ)したるうへ/曲直明裁(きよくちよくめいさい)の神断(しんだん)を行(おこな)はんとするなりと最(いと)有(あり)がたき神宣(しんせん)に隆盛(たかもり)は/はつと計(ばか)りに平伏(へいふく)なし何処(いづこ)何(いづ)れの神霊(おんがみ)に在(おは)し奉(たてまつ)るかは/しらねども神言(しんげん)の程(ほど)は隆盛(たかもり)身(み)にとりての喜(よろこ)び/此上(このうへ)あるべからず勿体(もったい)なや世界(せかい)万天(ばんてん)の主宰(かみ)として/仮令(たとひ)無冤(むじつ)の事(こと)にもせよ」以下次(いげつき)の絵(え)に出(いだ)す 笑門舎記/素(もと)より以(もつ)て吾(わか)国王(こくわう)の錦旗(きんき)に抗(こう)じ人命を害(がい)すべき戦争(せんそう)を好(この)める心緒(こゝろ)はゆめ〱/無(な)き事(こと)なるに其原由(ことがら)の起(おこ)れるは吾(わが)皇帝(くわうてい)の左右(いう)より機密(きみつ)の陰事(いんじ)ありしかば/人々(ひと〱)その意(い)を知(し)らずして只(ただ)某(それがし)をもつて無名(むめい)な暴徒(はうと)の巨魁(かしら)にて成功(ことなる)後(のち)は九州(きうしう)に/両政(せい)府をおき南北朝(なんほくてう)の昔(むかし)をも再(ふたゝ)び見るに至(いた)るべきなと跡方(あとかた)もなき根無言(なしごと)を以て/某を無寃(むじつ)の非道(ひどう)に落(おと)し入れ上を迷(まよ)はす虚言(そらこと)の謀計(たくみ)などは悪(にく)むもおろかに/待(はへ)れども今神顔(がん)を拝(はい)し奉(たてまつ)るこそ幸(さいは)ひ事ながくとも暫(しは)しの間(あひだ)御(おん)耳を穢(けが)し/奉らん抑(そも)日本皇帝(くわうてい)には延喜(えんき)元暦(げんりやく)の先帝(せんてい)にも劣(おと)り玉はぬ英(えい)名智識(ちしき)普(ふ)天/卒土(そつと)に著(いちじる)しくは待れとも左揆右揆(いう)の貴臣(きしん)に二三の奸(かん)臣ありておのれの/私欲(しよく)を専横(ほしいまゝ)にし陽(おもて)に公明を唱(とな)へ陰(ひそか)に苞苴(わいろ)を以て凡愚(おろか)なる人をも官途(くわんと)に選挙(せんきよ)せしより遂(つひ)に其害(がい)農商(のうしやう)に蔓延(およ)び地租改正(ちぜいかいせい)の挙におよび実米(じつまい)/代価に不適当(てきたう)なる代価を賦(ふ)し正金収取(とりたて)るに因(よつ)て各在(しよはう)の農民(しやう)/莚旗(むしろはた)を動(うこ)かし強訴(がうそ)止(やむ)時なく商家(しやうか)に苛(きびしき)税(せい)を加(くは)へ下民(した〱)の自由(じゆう)を/壓(おさ)へ万民(みん)塗炭(とたん)の苦難(くるしみ)を顧(かへり)みず己(おのれ)は花奢淫欲(くわしやいんよく)を横にし官/路(ろ)の事務(しむ)は一々(〱)民心(しん)に悖(もと)り万民の朝廷(てい)をうらむるもの少(すく)な/からず且(かつ)外(ほか)は朝鮮(せん)国と卑屈(ひくつ)和議(わぎ)を結(むす)び荀且(いちじ)の偸安(いかう)而(の)已/にして皇国万世の国辱(じよく)を顧(かへり)みず内(うち)は只(たゝ)洋法(ようほう)に而已(み)泥酔(なつ)み/忝(かたじ)けなくも吾(わが)日本国三種(みくさ)の神伝たる宝剣(ほうけん)の武用を廃(はい)し/剰(あまつさ)へ国(くに)に功(こう)ある華(くわ)士族の永世禄を禄券(ろくけん)金禄(ろく)となし謾(みだ)りに/売買(うりかひ)の権(けん)を許(ゆる)せしより士族は遂(つひ)に奸商(かんしやう)の手に身をおとし/進んても生(せい)路なく退(しりぞひ)ても依るべきの主(ぬし)無(な)く私怨(うらみ)を/王朝(てうてい)に積(つもり)しより非(ひ)謀を企(くはだ)つるに至(いた)り多(おほ)くの」以下次の/絵に出す