By nakamura, 5 7月, 2024

去(さ)る程(ほど)に二月廿三日以来(いらい)の戦(せん)/争(そう)の景況(けいきやう)はいまだ確報(かくほう)をきか/ざれども熊本城中(くまもとじやうちう)は連日(れんじつ)固守(こしゆ)/して猥(みだ)りに兵(へい)を動(うご)かさず迫(せま)れば伐(うち)/北(にぐ)れば追(お)はずして後援(こうえん)の至(いた)るを/待(まつ)に野津(のつ)三好(みよし)の両君(りやうくん)は大兵(たいへい)/を引(ひい)て廿六日頃(ごろ)/ は筑後(ちくこ)ざかい/なる南(みなみ)の関(せき)に着(ちゃく)せられ木(こ)の葉(は)町(まち)に屯(たむろ)/する官兵(くわんへい)と熊本城中(くまもとじやうちう)と三方(さんばう)よりして/城下(じやうか)と植木(うへき)の暴徒(ぼうと)を掃攘(そうしや)せらるるな/らんとの説(せつ)あり既(すで)に一隊(いったい)の兵(へい)植木(うき)[ママ]に屯/ する暴徒(ぼうと)にあたつて戦(たたか)ひしときは官軍(くわんぐん)/頗(すこ)ぶる苦戦(くせん)にて一時南の関に引揚(ひきあげ)山鹿(やまか)の/の官兵(くわんへい)と合(がつ)せられしとか聞(きこ)へたるのみ其後(そののち)の報(はう)は/知(し)りがたしと雖(いへど)も暴徒(ぼうと)は専(もつは)ら刀(たう)を揮(ふる)ひ砲烟(ほうえん)の下(した)/より激戦(げきせん)するよし併(しかし)なから昨今(さくこん)大兵(たいへい)がこと〱゛く/合期(かつこ)して討(うつ)に至(いた)らば数里(すうり)の外(ほか)にしりぞけ/らるる事(こと)必定(ひつぢやう)なるべし

資料集掲載番号
073
受入番号
1990-032-134
西南戦争錦絵判型
大判錦絵三枚続
作者
早川松山
彫師
彫師未詳
賛署名
筆者未詳
版元名
小林鉄次郎
版元住所
通二丁目四番地
届出日
明治十年三月八日届出
左中右 上中下1
本紙1横
24.00
左中右 上中下2
本紙2竪
36.30
本紙2横
24.70
左中右 上中下3
本紙3横
24.00
本紙1竪
36.20
本紙3竪
36.20
名札
旧正三位 陸軍大将 西郷隆盛
旧正五位 陸軍少将 篠原国幹
児玉八之進
別府九郎
河野四郎
中島武彦[中島健彦]
永山九成
西郷小平
池上四郎
旧正五位 陸軍少将 桐野利秋
弟子丸応助
谷少将[谷干城]
児玉少佐[児玉源太郎]
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