市川団十郎 ヿ咄しも過(すぎ)し辰年(たつどし)から東西南(あちらこち) 南(ら)と功名仕(はたらい)て大将株(ばんとふかぶ)には成(なっ)たれど 気詰(きづま)り故(ゆへ)に暇(いとま)を貰(もら)ひ宅(うち)へ帰(かへっ)て 夫(それ)からは友達(ともだち)寄(よ)せて 喧𠵅(けんくゎ)を始(はじ)め多人数(おゝくのひと) に心労(しんぱい)させ夫(それ)でも 休(やめ)ねへ 西郷(さいがう)の高(たか) 岩井半四郎 ヿ元は私(わた)しも高(たか)さん と一所(いっしょ)に勤(つとめ)て居(い)た時(とき)に 密(しの)び〱に言替(いゝかわ)し 相談(そうだん)づくで仕(いとま)を辞世間構(もらいせげんかま) わずお前(まへ)の傍何様(そばとふとも)成指揮(さしづ) をしておくれ命(いのち)もいらない 桐(きり)のヽおとし 尾上菊五郎 ヿ拙者(おいら)の伯父(をじき)も無法者(むほうもの) 無利(くだらぬ)喧𠵅(けんくゎ)を仕出(しいだ)して 其末(とう〱)萩(はき)で撃殺(うちころ) され夫(それ)から悔(くや)し い〱と時節(じせつ) を待(まっ)て今こヽ にかすり の兄分(あにき) の 迎(むけ)ひを幸(せへゎ)へ暴徒(あばれ)に出(で)かけた前原(まへばら)の市(いち) 中村芝翫 ヿ命知(いのちし)らずの篠原(しのはら)と私(わたし)の親父(おやじ)